三菱一号館美術館コレクション(II) トゥールーズ・ロートレック展 [美術館 ARTNEWS アートニューズ]
三菱一号館美術館コレクション(II) トゥールーズ・ロートレック展
《ディヴァン・ジャポネ》1893年 リトグラフ、ポスター
2010年4月6日、東京丸の内にオープンしたばかりの新しい美術館、三菱一号館美術館。
オープン以来、質の高い展覧会を開催しており、注目を集めている。
この美術館所蔵のトゥールーズ=ロートレックによるポスター及びリトグラフを集めた展覧会が、人々の人気を集め、たくさんの来場者であふれている。
だが、混雑していることがわかっていても必見の展覧会なのだ。
というのも、このコレクションに比較されるものは、フランス国内ではパリ・フランス国立図書館版画部、アルビ市トゥールーズ=ロートレック美術館に所蔵される収集品の他に世界中探しても見当たらないからだ。
これらは、ロートレック自身が生前自分のアトリエにおき、今日までそのまま伝えられた貴重なコレクションである。
《アリスティド・ブリュアン、彼のキャバレーにて》1893年 リトグラフ、ポスター
この作品群を画家の没後に引き継いだのが、青年時代からその活動を常に支えた親友でジャーナリストの画商モーリス・ジョワイヤン。
彼は生前にロートレックの展覧会を開催し、画家の早世後は遺産管理者となって、生地である南西フランスの古都アルビに画家の名を冠した美術館を設立することにも尽力した人物である。
このコレクションの最大の特徴として、その正統性が挙げられる。収集作品中の大部分に押されたHTLを組み合わせた赤いモノグラム印は、ロートレックの死後、そのモーリス・ジョワイヤン(1864-1930)によって押されたもので、ロートレックが死の直前まで手元に所有していた貴重な作品であることを示している。
なお、これ以後刷られたロートレックの作品にはこの印が押されることはない。
《エグランティーヌ嬢一座》1896年 リトグラフ、ポスター
さらにこの収集品を受け継いだのは、ジョワイヤンの秘書であり、ロートレックの研究者となったマルグリット・ドルチュ夫人である。内務官僚であった夫とともに、優秀な事務能力を持った彼女は、独身であったジョワイヤンの死後、その仕事を継承し、ロートレック作品のカタログ編纂を遂行、ロートレック友の会の会長も務めるなど、美術史上功績を残している。
《メイ・ベルフォール》1895年 リトグラフ、ポスター
このコレクションは、その後ドルチュ夫妻の娘に受け継がれ現在に至った貴重なもので、1996年に初めてその存在が公にされ展覧会として公開された後は、再び一般の眼に触れることなく秘蔵されていた。
200数十点を数えるその内容は驚くべきもので、ロートレックがその短い生涯に制作したグラフィック作品の大部分が、大変良いコンディションで保存されている。
《メイ・ミルトン》1895年 リトグラフ、ポスター
石版画やポスターなどのグラフィック作品はロートレック芸術の真骨頂とも言える分野であり、日本の浮世絵などの影響を強く受けながら、現代芸術にも通じるモダニズムをあの時代に実現したこの稀有な作家の核ともいえよう。
また、この展覧会では、19世紀末パリ、モンマルトルを華やかに描き出した代表的なポスターや、画家の芸術の革新性をもっとも顕著に示すリトグラフの数々から、およそ180点の作品を選りすぐって展示されている。
ロートレック自身が手元に残したこの作品群の中には、革新的な版画制作の過程を示す試し刷りや希少な刷りのリトグラフなどに加えて、身近な人へ向けた献辞やサインのある作品が興味深い。
親しい友人たちを招いて自身が料理を振舞った晩餐会のための自作の招待状やメニューカードなど、ロートレックの私的な生活とその交友関係を垣間見ることのできる貴重な作品が数多く含まれているのが特徴である。
《悦楽の女王》1892年 リトグラフ、ポスター
これらのまとまったリトグラフコレクションを通じて、ロートレックの独自性と、現代にも通じるグラフィック・アーティストとしての造形感覚を検証すると共に、ロートレックの人柄が垣間見られる本展は、今までのロートレック展とは一味も二味も違う。
《ジャヌ・アヴリル》1893年 リトグラフ
また、三菱一号館美術館とロートレックの生まれ故郷、南仏アルビのトゥールーズ=ロートレック美術館との姉妹館提携を記念し、三菱一号館美術館所蔵のポスター・版画コレクションに加えて、ロートレック美術館より世紀末パリ、モンマルトルの歓楽街の退廃的な夜の世界に浸った「呪われた画家」という、ロマン主義的な画家像とはまた異なる、親しみ深い様相に溢れた新たな「ロートレック」の世界をこの展覧会で発見できるので、違った見地からロートレック像を浮き彫りにすることができよう。
ロートレックと日本
ロートレックは日本の芸術を称賛し、彼自身も浮世絵の収集家であった。
歌麿の美人画、写楽の役者や踊り子、北斎や広重の風景など、その主題や構図、画法などにおいて多大な影響を受けたものを応用し、西洋の版画芸術に革新を与えるような作品を生み出した。
また、日本の刀の鍔からインスピレーションを得たと思われる、名前の頭文字HTLを使ってデザインしたモノグラムは、その優美な円形と字体にも日本の紋のような、和の影響を感じられる。
芸術的に日本に深い縁のあるロートレックの作品は、同時に日本人に大変愛され、深い理解と共感を呼び、故郷を思わせる何かがある。
ロートレックと三菱一号館の時代
ロートレックが生き芸術活動を行った時代は、まさに三菱一号館がコンドルの設計によって建設され、丸の内のオフィスビル第一号として活躍していた時代そのものでもある。
ちなみに窓の形態が、各階によって違うデザインが施されており、階があがるほど窓に上部に印象的な装飾が加わり、重厚さが増している。これらの工夫はこの建物を見る人の視線をできるだけ高く、上にあげることで建築に意念を与えるためのものだという。
《アンバサドゥールにて、カフェ・コンセールの女歌手》 1894年リトグラフ
モンマルトルの都市生活の多様性を描き出すロートレックの作品が収蔵されていることは、丸の内のオフィスビル第一号というこの美術館の歴史と不思議な縁でつながっているのだろう。
また、前述のモーリス・ジョワイヤン・コレクションは、元の所蔵家およびフランス政府が一括した保管を望み、フランス国外の美術館、とりわけロートレックと芸術上の深い縁を持ち、なおかつ愛好家も多いにもかかわらず一括収集が存在しない我が国に打診をして来たもので、このような貴重なコレクションが日本にとどまり、三菱一号館美術館の最初の作品コレクションとなったことも、非常に意義深い。
『レスタンプ・オリジナル』誌のための表紙 1893年リトグラフ
三菱一号館美術館所蔵が、トゥールーズ=ロートレック作品を紹介するのは、今回が初めてである。彼の作品がこんなに多く、日本に存在することが日本人として誇らしいと思える、そんな展覧会だ。
ロートレックはポスターを芸術の域にまで高めた作家として広く知られている。ロートレックの最初のポスターで大成功を収めた「ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ」をはじめ19世紀末パリ、モンマルトルで活躍したダンサー、歌手、俳優を華やかに描き出した代表的なポスターを展示。
《ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ》1891年 リトグラフ、ポスター
《ムーラン・ルージュのイギリス人》 1892年リトグラフ
また彼は版画作品においてポスターと同じリトグラフ(石版画)の技法を用い、女優マルセル・ランデールらお気に入りの人物を生き生きと描き出すと共に、様々な技法や配色の実験を繰り返し、ほかに類を見ない多様性と革新性を見せた。
《マルセル・ランデール嬢、胸像》 1895年リトグラフ
さらに自転車のチェーン会社のためのポスター「シンプソンのチェーン」など制作の幅を広げた作品や、浮世絵にインスピレーションを受けた作品も浮世絵と共に比較展示されており、日本文化とロートレックの関係がわかりやすい。
《ロイ・フラー嬢》1893年 リトグラフ
アルビのトゥールーズ=ロートレック美術館と姉妹館提携をした記念に、アルビの周辺風景と家族を描いた油彩がロートレック美術館から特別に出品されている。
通常、アルビに行かないと見ることができない作品なので、ここ東京で見られることはありがたい。
《アルビのカステルヴィエル陸橋》1880年油彩・板 トゥールーズ=ロートレック美術館、アルビ
Musée Toulouse-Lautrec, Albi, Tarn, France
《トゥールーズ=ロートレック伯爵》1881年油彩・板 トゥールーズ=ロートレック美術館、アルビ
Musée Toulouse-Lautrec,Albi, Tarn, France
《セレイランの道》1882年油彩・板 トゥールーズ=ロートレック美術館、アルビ
Musée Toulouse-Lautrec, Albi, Tarn, France
《セレイランの若きルーティ》素描 トゥールーズ=ロートレック美術館、アルビ
Musée Toulouse-Lautrec, Albi, Tarn, France
《アデル・ド・トゥールーズ=ロートレック伯爵夫人》1882年油彩・カンヴァス
トゥールーズ=ロートレック美術館、アルビ Musée Toulouse-Lautrec, Albi, Tarn, France
トゥールーズ=ロートレックは、南西フランスの街アルビにて、名門貴族の家に生まれ、父親や叔父の
響を受けながら、幼少時から周囲の人々や動物などのデッサンを通じて早熟な才能を発揮した。8歳の頃、一家でパリに移り住み、リセ・フォンターヌ(現在のリセ・コンドルセ)に通い始めるが、怪我と療養生活、そして大学受験の失敗を経て、パリで動物画家ルネ・プランストーのもとで本格的に画家への道を歩み始める。1882年4月、ボナのアトリエに入門、その後モンマルトルのコルモンのアトリエに移り、アカデミックな技法修得に励みつつ1887年まで在籍した。こうした修業時代の間も、しばしば里帰りするアルビやその周辺の地の風景や動物たち、理解ある母親をはじめとする家族たちは、画家の心の支えでありまた創作活動の糧であった。
図録も大変よくできていて、彼の足跡がわかる構成であり、ロートレックゆかりのパリの地図が掲載されており、パリに行った時に訪れるのに役立つ。
この図録は展覧会の図録というのみならず、ロートレックの作品の保存版としてもぜひ手元においておきたい一冊だ。
■三菱一号館美術館コレクション〈II〉 トゥールーズ=ロートレック展
■会期 10月13日(木)~12月25日(日)
■開館時間 水・木・金/午前10時~午後8時、火・土・日・祝/午前10時~午後6時(入場は閉館の30分前まで)。
■休館日 月曜日
■会場 三菱一号館美術館(東京都千代田区丸の内2-6-2)
■お問い合わせ ハローダイヤル03・5777・8600
■一般1300円、高校・大学生800円、小・中学生400円
主催:三菱一号館美術館、朝日新聞社
後援:フランス大使館
特別協力:トゥールーズ・ロートレック美術館(アルビ)
協力:エールフランス航空、J-WAVE
ホームページ http://mimt.jp/lautrec2011/
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